うどん

余計なことを言うな

情けなくていい

柳くんのお父さんとお母さんはDVが原因で、柳くんが小さい頃には離婚したらしい。

 

2016年だったかな。高校一年生も終わりの3月くらい。わたしの家から高校までの道を一緒に歩いた。お母さんが乳がんだという話をされた。わたしの父親は一年以上前に闘病の末、癌で亡くなっていた。

お兄ちゃんはもう大学生で、柳くんは4月から大学に入るという頃だった。離婚していたから、当然生計者はお母さんだけで、わたしの家もそういう状態だったから、心配したし、かわいそうだとも思った。

家族が大きな病気に罹っているということは、結構心身にダメージを与える。わたしは既に終えていたけれど、あの人はこれからそれを経験しなければならなかった。まだまだ若いのに。というか、18歳ってまだ子供だ。わたしは14だか15の時だったけれど。

これから新しい生活が始まって、楽しいことがたくさん待ち受けている彼に、そういう不安要素があることがどうしようもなく悲しかった。頑張っている人には、報われて欲しかった。幸せになって欲しかった。

 

その年だか、次の年。柳くんのお父さんとお母さんが再婚するかもとか、大学を中退した柳くんが富山にもどるかもとか、そういう話があった。

富山に帰るかもしれないというのを聞いた時は大泣きした。酷いこと、たくさんされたし言われたはずなのに。でもその頃は、好きというよりかは執着が強すぎて、どうしようもなかった。

 

柳くんは、その頃一度お父さんに会ったらしい。けど、やっぱり受け入れられなかったみたい。

会った時、情けない顔をしていて、わたしを強く抱きしめた。わたしは恥ずかしかったけど、たった2つだけど年上の男の子がああいう風な状態になるのを目にするのは初めてで、どうすればいいかわからずにそのままでいた。

 

 

2021年11月。電通のお母さんが倒れて病院へ運ばれたらしい。その日の夜、会った時に話を聞いた。白血病かもしれないって。

結局、お母さんは白血病ではなかったけれど子宮の癌だったらしい。

 

帰り道、2人でいろんなことを話した。あの人のことも、2人の家のことも、わたしのことも。

あの人は、わたしのことを強いねと言った。だってさあ、お父さんのことちゃんと乗り越えたんでしょ?すごいよって。

乗り越えてなんかいない。強烈な出来事だった。父親が癌だと知ったあの時の衝撃といったら。中学2年生の夏休みから、ずっと時が止まっているような気がする。あの時から大人になることができずにいる。

楽しいことをね、純粋に楽しめなくなってしまうんですよ。今まで普通に働いて、生活していた中肉中背の大人が、中学生の女の子と大して変わらないほど痩せてしまい、ろくに話すこともできず意思疎通ができない状態になったのを目の当たりにしたことがありますか。

身体に穴を開けたままにしないと生きてられなかったみたい。いろんな手術をしていた。びっくりするほど痩せてしまうのも、肌や白目が黄色くなるのも、変な管を繋いでいるのも、よくわからない体液を処理してるのも怖かった。あまり見たくなかった。

 

親としてはあんまりで、ひどい人に対してだってこう感じた。彼は家族を大事にしてるみたいだからつらくて不安だったに違いない。

 

電通も、あの日わたしを抱きしめてた。家に入った時に、玄関で。まだギリギリ思い出せる。

かわいい顔立ちが不安そうだった。なんだかドキドキした。彼が何を考えてるかわからなかったけど、少しでも気が紛れればいいと思った。

 

そのあと、しばらくは2人でいた。けど日付が変わった頃くらいかな。あの人の携帯がしきりに鳴っていた。お母さんの携帯から電話がかかってきていた。

倒れた連絡を受けたのも、お母さんの携帯からの電話だったらしい。お父さんがかけてきていたんだって。

その時彼は電話を取らなかったけど、急いでタクシーで病院へ向かっていった。その時の表情。柳くんに負けず劣らず情けなかった。不安で仕方ない顔。わたしまでひるんだ。5コ上の、社会人の大人の男の人までそんな顔するんだ。ブラのホック外すの早いくせに…

 

その時、わたしは、27歳の自立した男の人だって動揺するんだから、中学生のわたしはきっともっと大きなショックを受けて思考停止状態だったんじゃないか、もしかしてすごくかわいそうな状況だったんじゃないかと気づいた。

父親が死ぬまで、癌だったことも闘病中だったことも一度も人に話していなかった。亡くなった翌日、1番の友達が関連する出来事について聞いてきたので、実は父親が亡くなったのだと、ずっと病気だったのだと言った。

 

 

柳くんや電通との関わりは、わたしをもう一度人生をやり直しているかのような気分にさせる。

柳くんのお母さんは、わたしが彼と別れた後に全摘出の手術をして良好らしい(去年だか一昨年聞いた話だが)

電通のお母さんも、良くなりますように。

みんなが、強烈な思い出に縛られ続けることなく、今を楽しく生きられますように