アランドロン
男性向けの香水が得意ではない。
さわやかなはずなのに、どこか鬱陶しさがあって、自分とは違った感じが、不思議な匂いだ。
わたしとは全く異なる人種がそばにいるのだと自覚する。
たばこのにおいも、コーヒーのにおいも苦手。
なんていうか、男の人みたいなにおいが嫌だ。そんなに男であることを強調しなくていい。においがないはずの洗剤とその人がもつ独自の匂いだけでよかった。
男の人はだいたい細身だった。わたしは痩せてる人よりも太ってる人のがすきだと気付いた。少し太ったら、わたしのほうが重くなっちゃうなんて嫌だよ。
甘いもの食べないなんて言わないで。わたしが作ったお菓子を捨てないで。仕事終わりにコンビニで何か甘いやつ買って帰ってよ。
コーヒーではなくて、ラテを買う人が好きだった。
ご飯を食べるところも(お寿司を食べる流れにこだわりがあった)、仕事をするところも、人と話すところも、寝転がってスマートフォンで動画を観るところも、セックスするところも寝るところも見た。
やることはわたしと大差なかった。ただ、決定的に違ったのは生活感だった。圧倒的に生活感がなかった。それが、その人の存在をあいまいにさせて、たまらなかった。夢をみているような感覚だった。わたしは起きていて、全てがそこにあったはずなのに。不自然なものは何一つなかったはずなのに。
麻酔、ふわふわとした意識、血まみれのシリンジ、血液がついて固まった顔の近くの髪の毛、こめかみ横の穴、注射跡、耳のうしろの手術痕、内出血だらけの肌、子宮。からだは、今のほうがずっときたない。完全に近付くにつれ、不完全になった。
みんな、誰かのものになったとしても、独占されることはないのだと思った。
所有は独占ではなかった。そしてわたしは所有すらできない。きっと誰のものにもなりたくはないし、何かをもち、それに縛られるのも嫌なんだろう。
情けない顔でわたしをぎゅっとしたあの力強さと、彼らの悲しさふたつだけを抱えていれば十分な気がした。
わたしはまだ大事なことを伝えていなかった。きっと彼らには理解できないことだった。
だれかと、途方もない悲しみや痛みを共有するのは、きっと簡単なことじゃない。
おわり